新年が明けて地元の氏神様に行った。

 

恒例によっておみくじを引く。

 

中吉。

 

お言葉にピンと来ない抽象的な表現が、誰にでも、どの様にでも、捉えられるようになっていると感じてしまう。

 

新年早々、ひねくれている私。

 

ひねくれてしまった言い分はちゃんとあるのよね~

 

帰り道、日本でも有名な神社の分社があり、通り掛ったので寄り道した。

 

ちょうど護摩炊きをしていたので、しばし見入り心を清めたつもりになる。

 

ここのおみくじが変わっていたので引いてみた。

 

いいのだろうか?神社のはしご。おみくじ連引き。

 

今度は大吉だよ!

 

あっちでは中吉、こっちでは大吉。

 

そして、「問題ごとは直ぐ解決する」と一番上にあるではないか!

 

わー!!嬉しい~

 

今の私が一番欲しい言葉。

 

その理由は、人生初の経験をして大きな問題ごとを抱えているからだ。

 

暢気に構え、お人よしの自分が、これほど馬鹿だと思ったことは無かった。

 

最悪な問題ごとを抱えていたから、このおみくじのお言葉がズドーンと響いた。

 

大丈夫だ!と、解決出来る気がしてしまった。

 

同じおみくじを引いた人が沢山いるはず。

 

でも、その時の状態で意味が全く違うことが良く分る。

最強のパワーはこの2つ

 

年が開け20日が過ぎた。

 

問題事は解決しないし進展もしない。

 

このまま放置出来ないので、専門家に依頼することにした。

 

大きな出費と大きなエネルギーの捻出(痛)

 

そして改めて確信した。

 

おみくじで大吉を引いたことは何度もある。

 

で、その年が「大吉は当っていたな~」と、思えるような経験は残念ながら一度もない。

 

数年前、1度だけ凶を引いて驚いたことがあった。

 

確かに前年は、人生で良くない年だったから「いまが一番底なんだ」って素直に捉え当ってると思えた。

 

凶は強って、都合よく切り替えてられる気持ちにもなれた。

 

で、凶を引いた年が、どうだったと思う?

 

悪いこともなく、無難に過ごせたのです。

 

凶を引いた年も大吉を引いた年も違わない、全く良い事も悪いことも同じだった。

 

少し話が脱線しますが、タレントの岡江久美子さん親子が「人生で一度も初詣に行ったことがない」と話していた。

 

うそー!日本人は信心深いから、神様を崇拝し初詣とか絶対に行くと思っていた。

 

それが常識で、幸せに過ごす基礎のように思っていた。

 

「全く行かないよ!」

 

そっか・・・

 

結局、行かなくてはいけない、行かないと無事に過ごせないって、気持ちのどこかに暗示に掛かっているからだ。

 

作られた日本人の習慣の1つ。

 

勿論、悪い事ではないし良い事には違いない。

 

ただ、お参りしないから、初詣に行かないからといって、運気が悪くなることも罰が当たることもないのだ。

 

気持ちなんだよね。

 

行ったことで安心するし、良いことした気になり、すっきりしたりするから行く。

 

そしてもう1つはっきり。

 

おみくじは、自己都合の解釈。

 

おみくじは、未来を予言しているものではない。

 

引き寄せは、暗示をかけ願いを叶えるおまじないと同じ

 

けして、アガスティアの葉でもない。

 

過去、毎年おみくじを引いて、大吉と凶のそれぞれを引いて確信出来た。

 

個人的見解。

 

この世で願いを叶える方法は2つ。

 

願いが叶う方法とは、引き寄せの法則を作用させること)

 

意識+行動

 

叶えたい、実現させたい、という揺るがない意識と、そのために考え付く行動の全て。

 

すると、神様の仕業と思われる出来事が起きる。

 

偶然やたまたまという方法で、神様と表現される「引き寄せの法則」が作用するのだ。

 

全てはこれに尽きる。